私の思い出の城下町

 甘楽町の小幡地区は、鎌倉時代から戦国時代にかけて、豪族・小幡氏の根拠地として栄えた場所。1615(元和2)年に織田信長の次男、織田信雄が上州小幡2万石及び大和国宇陀郡3万石が与えられ、8代152年にわたり織田家が支配した後、松平氏が入封し明治維新を迎えました。

 そして、1959(昭和34)年に小幡町・福島町(一部富岡市に合併)・新屋村が合併し、現在の甘楽町が誕生しました。それほど古い建物が数多く残っているわけではありませんが、織田信雄らの墓が残されているなど、織田信長が亡くなって以降の織田家を語る上では、欠かせない場所です

此処は、僕が、まだ、若かりし頃(40歳代頃)に、よく通った思い出の場所です。東京から遠く離れた場所でしたが、この小幡地区にゴルフ場(小幡郷ゴルフ倶楽部)が新設され、その会員権(2200万円)を取得したからです。当時は、ゴルフブームの全盛期で、東京都内は勿論、東京に接する千葉県、茨木県、埼玉県内のゴルフ場は、一般サラリーマンにとって、逆立ちしても手が届かない、超高根の花でした。何しろ、月給10万円台の頃。都内の小金井カントリCCは億越えでしたからね。それでも、周囲からは結構羨ましがれた。何しろ、開設前に妻と一緒に視察した時は当時の支配人だった桑田氏(元大洋ホエールズのホームランバッター)に場内を案内されたり、帝国ホテルで開催された開設祝賀会でも中曽根総理に紹介されたりして厚遇を受けた。ゴルフ場開設後も都議会議長や当時の消防総監や警視総監ともプレーした。(運転手役を兼ねて)・・・・ところが、バブル崩壊により2200万円の会員証が、一瞬にして只の紙ペラ一枚に変貌。伊藤忠商事や大手企業は全部損金処理したので痛くも痒くもなかったけど、一般庶民にとっては泣くに泣けない悔しい思いでした。一時は5000万円を超えたこともあり、其の時に手放していればと後悔。伊豆に移住後は東京の旧友と泊りがけで数回しか利用したことがない。年会費(5万円)の支払いが馬鹿馬鹿しいので、数年前に脱会した。5万円あれば川奈GCの富士コースで2回はプレーできる。

参考まで、拙亭前の400坪の土地を当時1500万円で購入したらしいが今は200万円でも買い手がいない。以前400万円で譲渡すると言われたけど、周辺の村人からそんな価値はないと諭され、断念した事があるけど、昨年、200万円で購入する者が現れたけど、結局は破断した。